命題と論理

インデックス
数学や物理学,工学といった理論の骨格は,たくさんの「命題」によって構成されています.命題を扱うときの形式や考え方にはいくつかの代表的なパターンがあり,それらをまとめた体系を「論理」(logic)といいます.ここでは論理の基本を解説し,「逆」,「裏」,「対偶」,「必要条件」,「十分条件」といった用語を導入します.
命題
「命題」(めいだい,proposition)とは,一般に「〇〇〇は△△△である」という形式で何らかの主張をする文のことを指します.
命題の内容が正しい場合は「真」(しん,True)であるといい,間違っている場合は「偽」(ぎ,False)であるといいます.なお,これから扱う命題は「真」か「偽」がはっきり定まるものとします.すなわち,いわゆる「排中律」(はいちゅうりつ,命題は必ず真か偽のいずれかであるという原理)を 公理 のようなものとして認めることにします.
数学的な話ではありませんが,次の文は立派な「命題」です.
数学的な命題として,次の文を考えてみます.この命題は「真」です.
また,次の命題は「偽」です.
上記の命題において,変数 “$x$” の値は “$x+2=0$” という式によって定められています.つまり「束縛」されています.よって,このような変数を「束縛変数」といいます.今回の場合,“$x$” の値は $-2$ に束縛されているにも関わらず命題の中で「“$x$” は $1$ である」と言っているので,この命題は「偽」となります.
一方で,次の命題では “$x$” の値によって「真」であるか「偽」であるかが異なります.
上記の “$x$” のような変数を「自由変数」といいます.数学の定理などを証明する時は,このような「自由変数を含む命題」がよく出てきます(そしてこれが一番ややこしい).通常は自由変数 “$x$” に関する複数の命題(条件)を組み合わせて議論を展開します.
否定,論理和,論理積
これ以降,1つの命題を “$p$” という文字で表します(命題という意味の英単語 "proposition" の頭文字).なお,2つ以上の命題を扱うときは “$p$” に続いて “$q$”,“$r$”,... といった文字を使うのが慣例です.
否定:「~ではない」
次の命題 “$p$” を考えます.
この命題 “$p$” の「否定」として,「$p$ ではない」という命題を考えます.この新しい命題は,「否定」の記号 “$\neg$”(ノット)を使って “$\neg \ p$” (ノット $p$)と表記します.
なお,命題 “$p$” の否定は “$\bar{p}$”($p$ バー)や “$\sim p$”(チルダ $p$)と表記することもあります.
命題 “$p$” とその否定 “$\neg \ p$” の真偽は必ず逆になります.上の例では命題 “$p:\ 2>1$” が「真」であり,その否定 “$\neg \ p:\ 2 \le 1$” は「偽」です.
さらに,「否定の否定」“$\neg \ (\neg \ p)$” について考えます.“$\neg \ (\neg \ p)$”の真偽は「否定」“$\neg \ p$” の真偽と逆になります.よって,「否定の否定」“$\neg \ (\neg \ p)$” と元の命題 “$p$” の真偽は一致します.このように2つの命題の真偽が一致するとき,それらは「同値」(どうち,equivalent)であるといい “$\iff$” という記号で表します.
ちょっと話がややこしくなってきたので,命題 “$p$” が「真」(True,略して "T")と「偽」(Flase,略して "F")のそれぞれの場合について「否定」 “$\neg \ p$” および「否定の否定」“$\neg \ (\neg \ p)$” の真偽を表にまとめておきます.このように,考えられる真偽の全パターンをまとめた表を「真理値表」あるいは「真偽表」といいます.

上の真理値表より,たしかに “$p$” と “$\neg \ (\neg \ p)$” の真偽が一致する(同値である)ことがわかります.
論理和:「または」
2つの命題 “$p$” と “$q$” を使って,「“$p$” と “$q$” のうち少なくとも1つは真である」という新しい命題を作ります.これは命題 “$p$” と “$q$” に関する一種の「演算」の結果であり,「論理和」という名前が付いています.“$p$” と “$q$” の論理和は “$p \ \lor \ q$” と書いて「“$p$” または “$q$”」と読みます.
論理和 “$p \ \lor \ q$” に関する真理値表は,次のようになります.

論理積:「かつ」
2つの命題 “$p$” と “$q$” を使って,「“$p$” と “$q$” の両方が真である」という新しい命題を作ります.これも命題 “$p$” と “$q$” に関する論理演算であり,「論理積」という名前が付いています.“$p$” と “$q$” の論理積は “$p \ \land \ q$” と書いて「“$p$” かつ “$q$”」と読みます.
論理積 “$p \ \land \ q$” に関する真理値表は,次のようになります.

ド・モルガンの法則
ここまでに導入した「否定」“$\neg$”,「または」“$\lor$”,「かつ」“$\land$” を組み合わせると,次の「ド・モルガンの法則」が得られます.
上の第1式は,「『“$p$” または “$q$”』ではない」と「『“$p$” ではない』かつ『“$q$” ではない』」の真偽が一致すると主張しています.実際に真理値表を書いてみると,たしかに “$\neg \ (p \lor q)$” と “$\neg \ p \land \neg \ q$” は同値であることが確認できます.

また,第2式は「『“$p$” かつ “$q$”』ではない」と「『“$p$” ではない』または『“$q$” ではない』」の真偽が一致するという意味です.これも真理値表を書いてみると,“$\neg \ (p \land q)$” と “$\neg \ p \lor \neg \ q$” は同値だとわかります.

なお,ド・モルガンの法則 “$\neg \ (p \lor q) \iff \neg \ p \land \neg \ q$” を繰り返し使えば,3つの命題 “$p$”,“$q$”,“$r$” に関するド・モルガンの法則が得られます.
上式を一般化すると,$n$個の命題 “$p_1,\ p_2,\ \cdots ,\ p_n$” について次式が成り立ちます(厳密には 数学的帰納法 などで証明する).
また,ド・モルガンの法則のもう1つのパターン “$\neg \ (p \land q) \iff \neg \ p \lor \neg \ q$” を一般化すると次のようになります.
含意:「ならば」
「含意」の定義
2つの命題 “$p$” と “$q$” を使って,「『“$p$” が真のとき “$q$” も真』が成り立てば真」という新しい命題を作ります.これも命題 “$p$” と “$q$” に関する一種の論理演算であり,「含意」(がんい)という名前が付いています.この新しい命題は “$p \ \implies \ q$” と書いて,「“$p$” ならば “$q$”」あるいは「“$p$” は “$q$” を含意する」と読みます.
なお,含意 “$p \implies q$” において命題 “$p$” のことを「前件」,命題 “$q$” のことを「後件」と呼ぶことがあります.
上記の定義より,命題 “$p$” が「真」のときは含意 “$p \implies q$” の真偽と命題 “$q$” の真偽が一致します.また,命題 “$p$” が「偽」の場合は含意 “$p \implies q$” は常に「真」であると定義します.これを真理値表にまとめると,次のようになります.

含意「“$p$” ならば “$q$”」には,「“$p$” が偽なら “$q$” は真でも偽でもどちらでも良い」という意味合いが込められています.このことから,含意は「『“$p$” でない』または『“$q$” である』の少なくとも一方が正しい」すなわち “$\neg \ p \lor q$” とも表せます.実際に真理値表を書いてみると,含意 “$p \implies q$” と “$\neg \ p \lor q$” は同値であることがわかります.

すぐ後で触れますが,「“$p$” ならば “$q$”」という日本語による表現は決してわかりやすいとは言えません.そのため,最初は日本語との整合をあまり気にせずに,上記の真理値表を「含意 “$p \implies q$” の定義」として頭に入れてしまうことをおすすめします.(最後の 必要条件と十分条件 の話まで行くと,含意をこのように定義する理由が多少は納得できるかと思います.)
含意の例
簡単な例として,命題 “$p$” を次のように定めます.
また,命題 “$q$” を次のように定めます.
このとき,命題 “$p$” が「真」になるすべての対象について,命題 “$q$” は必ず「真」になります.よって,次の命題は「真」です.
ここで,「りんご」と「植物」の関係を図で表すと次のようになります.上記の命題 “$p$” が真になるすべての物の集合(様々な種類のりんごの集合)は,命題 “$q$” が真になる物の集合(様々な種類の植物の集合)の中に含まれています.これが「含意」という名称の由来だと考えられます.(単純に図の形を見ると「“$q$” が “$p$” を含んでいる」ように見えるが,意味的には「“$p$” は “$q$” の性質を含んでいる」ので含意と呼ぶのは妥当.)

“$p$” が「偽」の場合の注意点
含意 “$p \implies q$” の定義は「『“$p$” が 真のとき “$q$” も真』だったら真」というものでした.また,“$p$” が「偽」の場合は問答無用で “$p \implies q$” は「真」になります.
ここで,(ちょっと変な)例として次の命題を考えます.
命題 “$2 < 1$” は明らかに「偽」です.そのため,矢印の先にある「今日は晴れである」の真偽によらず上記の命題は「真」になります.最初は違和感があるかもしれませんが,さきほど示した “$p \implies q$” の真理値表にしたがって形式的・機械的に真偽を判定するまでです.
これを日本語で表現すると,さらにややこしくなります.命題 “$2 < 1 \implies$ 今日は晴れである” は真なので,「“$2 < 1$” ならば,今日は晴れである」となります.慣れていない人にとっては(慣れている人にとっても?)意味不明だと思います.これは「ならば」という言葉の使い方の問題なので,含意の記号 “$\implies$” が出てきたら無理やり日本語で考えずに “$p \implies q$” の定義(真理値表)だけを意識した方が無用な混乱を避けられます.
日常会話との違い
上記の「変な例」に対して違和感を持つ理由は,通常の日常会話では「ならば」という言葉が何らかの因果関係を表すからです.「“$2 < 1$” ならば,今日は晴れである」と言われても,そこに明確な因果関係を見出せないので「全然 “ならば” ではないだろう?」と混乱してしまいます.
また,日常会話ではそもそも「偽だと確定している命題」から話が始まることがほとんどありません.「私は鳥である(偽).ならば,飲酒運転をすると免停をくらう(真)」という会話は通常あり得ません.このような場合も,「ならば」という言葉の使い方に違和感が生じます.なお,この会話はまったく支離滅裂ですが含意の定義から見れば「真」です(真だからといって特に意味はないが).
結局のところ,数学で命題論理を扱う時の「ならば」と日常会話で使う「ならば」は別物です.含意 “$p \implies q$” を「“$p$” ならば “$q$”」と読むときの「ならば」は,一種の数学用語だと考えるのが無難です.
逆,裏,対偶

逆: “$q \implies p$”
命題 “$p \implies q$” に対して,“$p$” と “$q$” を入れ替えたものを「逆命題」あるいは単に「逆」(converse)といいます.
命題 “$p \implies q$” とその「逆」“$q \implies p$” の真理値表は,次のようになります.

上図より,もとの命題 “$p \implies q$” とその「逆」“$q \implies p$” の真偽は必ずしも一致しません.すなわち,もとの命題とその「逆」は同値ではありません.「逆もまた真なり」という慣用句がありますが,これは必ずしも論理的に正しいとは言えません.
「逆」と「後件肯定の誤謬」
例として,先ほど「含意」のところで扱った命題を考えます.
この命題は「真」です.図でイメージすると,次のようになります.

ここで,上記の命題の「逆」を考えます.
その対象が「植物」だとしても,「りんご」であるとは限りません.この例より,もとの命題が真でもその「逆」が常に正しいとは言えないことがわかります.
「“$p \implies q$” は真である」ことから,「その逆である “$q \implies p$” も正しい」と勘違いすることを「後件肯定の誤謬」(こうけんこうてい の ごびゅう)といいます.命題 “$p \implies q$” において,“$q$” のことを「後件」と呼びます.この後件 “$q$” が真である(肯定されている)ときに,“$q \implies p$”(“$q$” ならば “$p$” だろう)という誤った推論を行うことから「後件肯定」の誤謬と呼ばれています.
「後件肯定の誤謬」は,注意していないと陥りやすい誤りの1つです.また,悪質な詭弁のテクニックとしてもよく用いられます.後で解説する 必要条件と十分条件 という言葉を使えば,「必要条件と十分条件のすり替え」に相当します.
例として,何らかの製品開発の案件について考えます.製品開発を成功させるためには様々な課題を解決する必要がありますが,大きな要因として「予算」の問題があります.通常は,成功する製品開発プロジェクトには適切な予算が割り当てられています.すなわち,次の命題が成り立ちます.

この命題の「逆」は次のようになります.
上記の命題は常に正しいとは言えません.予算以外にも人員,納期,基礎技術,信頼性などの問題が山ほどあります.
何らかの開発会議の場で,上司や役員に対して「適切な予算を確保してください」と訴えたとします.それに対して「じゃあ,予算があれば製品開発は成功するということだな?」と言われたら,その相手は「後件肯定の誤謬」を犯しています.もし本気でそう考えているなら,その人間は「ただのアホ」です.後件肯定の誤謬を理解した上でわざと言っているなら,その人間は「悪意のある詐欺師」です.いずれにせよ,誠意があるとは言い難い.まともに議論をするのは大変そうです.
裏: “$\neg \ p \implies \neg \ q$”
命題 “$p \implies q$” に対して,“$p$” と “$q$” をそれぞれ「否定」“$\neg \ p$” と “$\neg \ q$” に置き換えたものを「裏命題」あるいは単に「裏」(inverse)といいます.
命題 “$p \implies q$” とその「裏」“$\neg \ p \implies \neg \ q$” の真理値表は,次のようになります.

上図より,もとの命題 “$p \implies q$” とその「裏」“$\neg \ p \implies \neg \ q$” の真偽は必ずしも一致しません.すなわち,もとの命題とその「裏」は同値ではありません.
「裏」と「前件否定の誤謬」
また例によって,次の命題を考えます.
この命題の「裏」は次のようになります.
その対象が「りんご」ではないとしても,他の植物である可能性はあります.この例より,もとの命題が真でもその「裏」が常に正しいとは言えないことがわかります.
「“$p \implies q$” は真である」ことから,「その裏である “$\neg \ p \implies \neg \ q$” も正しい」と勘違いすることを「前件否定の誤謬」(ぜんけんひてい の ごびゅう)といいます.命題 “$p \implies q$” において,“$p$” のことを「前件」といいます.この前件 “$p$” が偽である(否定されている)ときに,“$\neg \ p \implies \neg \ q$”(“$p$” でないならば “$q$” でないだろう)という誤った推論を行うことから「前件否定」の誤謬という名前が付いています.
先ほど考えた命題「製品開発が成功する $\implies$ 予算がある」の裏は「製品開発が失敗する $\implies$ 予算がない」となります.製品開発が失敗する原因は,予算不足以外にいくらでもあり得ます.この例からも,「裏」が常に正しいとは言えないことがわかります.前件否定の誤謬も,相手を欺くテクニックとしてよく使われます.悪用は避けるべきです.
対偶: “$\neg \ q \implies \neg \ p$”
命題 “$p \implies q$” に対して,“$p$” と “$q$” をそれぞれ「否定」した上でさらに順序を入れ替えたものを「対偶命題」あるいは単に「対偶」(contraposition)といいます.
命題 “$p \implies q$” とその「対偶」“$\neg \ q \implies \neg \ p$” の真理値表は,次のようになります.

上図より,もとの命題 “$p \implies q$” とその「対偶」“$\neg \ q \implies \neg \ p$” の真偽は常に一致します.すなわち,もとの命題とその「対偶」は同値です.
「対偶」の例
ここでも,おなじみ「りんご」の例で考えます.
この命題の「対偶」は次のようになります.
その対象が「植物」ではないなら,それが「りんご」である余地はありません.よって,上記の命題は「真」です.このように,もとの命題と「対偶」の真偽は一致します.
「対偶」による命題の証明
もとの命題を直接証明するよりも,その「対偶」を証明する方が簡単なことがあります.そのため,対偶を使った論法は様々な場面でよく利用されます.
ここでは簡単な例として,次の命題を証明します.ただし,“$x$” は「整数」とします.
この命題の「対偶」は次のようになります.
“$x$” が偶数なら,何らかの整数 “$k$”(偶奇どちらでも良い)を使って “$x = 2k$” と表せます.すると “$x^2$” は次のようになります.
“$4k^2$” は必ず偶数になるので “$x^2$” は偶数であり,対偶は「真」であることが示されました.よって,もとの命題も「真」です.
今回の例のように「前件」“$p$” の方が「後件」“$q$” よりも複雑な場合は,対偶による証明が特に有効です.
全称命題と存在命題
ここでは,自由変数 “$x$” を含む命題を “$p(x)$” と表記します.命題 “$p(x)$” の真偽は変数 “$x$” の値によって異なるため,通常は変数 “$x$” の値を定める何らかの条件と一緒に記述します.
「全称命題」の定義
命題 “$p(x)$” を使って,「すべての “$x$” の値に対して命題 “$p(x)$” は真である」という新しい命題を作ります.このように,「すべての〇〇〇について...」という形式の命題を「全称命題」といいます.
全称命題は,「すべての」という意味の記号 “$\forall$” を使って次のように表します.
記号 “$\forall$” は "All" または "Any" の頭文字を反転させたものです.“$\forall x$” は "for all $x$" の略で,直訳すると「すべての “$x$” について」となります.なお,数学や物理学などの分野では「すべての」とか「あらゆる」という意味で「任意の」という言葉もよく使います.
例として,次の全称命題を考えます.この命題は「真」です(“$x$” は実数とする).
また,次の全称命題は「偽」です(“$x=0$” や “$x=-1$” などいくらでも反例がある).
「存在命題」の定義
次は,命題 “$p(x)$” を使って「ある “$x$” の値に対して命題 “$p(x)$” は真である」という新しい命題を作ります.これは「命題 “$p(x)$” が真になる “$x$” が存在する」と表現することもあります.このように,「ある〇〇〇について...」という形式の命題を「存在命題」といいます.存在命題は,先ほど考えた「全称命題」とは異なり命題 “$p(x)$” を満たす “$x$” の値が1つでもあれば「真」になります.
存在命題は,「ある」(存在する)という意味の記号 “$\exists$” を使って次のように表します.
記号 “$\exists$” は "Exists" の頭文字を反転させたものです.“$\exists x$” は "there exists $x$ の略で,直訳すると「“$x$” が存在する」となります.
例として,次の存在命題を考えます.この命題は「真」です(たとえば “$x=3$” は条件を満たす).
一方で,次の存在命題は「偽」です(“$x$” は実数とする).
全称命題の否定
全称命題の「否定」は,少しややこしい話になります.
ここでは,変数 “$x$” は $1$ から $n$ までの自然数をとるものとします.以下,“$\forall x$” と書いた場合はこの範囲内で「任意の “$x$”」を考えます.
まず,「$1$ から $n$ までのすべての自然数 “$x$” に対して “$p(x)$” は真である」という全称命題 “$\forall x \ \ p(x)$” を考えます.これは,次のような “$p(1)$” から “$p(n)$” までの「論理積」として表せます.
ここで,上式の全称命題の「否定」を考えます.上式の両辺に否定の記号 “$\neg$” をつけてから,右辺に「ド・モルガンの法則」を適用すると次式が得られます.
上式より,全称命題「任意の “$x$” に対して命題 “$p(x)$” は真である」の否定は「ある “$x$” に対して命題 “$p(x)$” は偽である」となります.これは,まさに「存在命題」の形式です.数式で書くと次のようになります.
ここまでは,変数 “$x$” が $1$ から $n$ までの有限個の値について「全称命題の否定」を考えました.通常は,これを一般化して “$x$” が無限個の値をとる場合でも上式が成り立つと考えます(これを 公理 として採用する).
結局,全称命題 “$\forall x \ \ p(x)$” の「否定」を作るときの操作は次のようにまとめられます.
- 「任意の」“$\forall x$” を「ある」“$\exists x$” に置き換える.
- 命題 “$p(x)$” を否定 “$\neg \ p(x)$” に置き換える.
簡単な例でやってみましょう.次の全称命題を考えます.
この全称命題を否定するには「任意の」を「ある」に置き換えます.また,もとの命題「故障しない」を否定して「故障する」に置き換えます.すると,次の存在命題が得られます.
存在命題の否定
続いて,存在命題の否定についても考えます.ここでも変数 “$x$” は $1$ から $n$ までの自然数をとるとします.
まず,「$1$ から $n$ までの間のある自然数 “$x$” に対して “$p(x)$” は真である」という存在命題 “$\exists x \ \ p(x)$” を考えます.これは,次のように “$p(1)$” から “$p(n)$” までの「論理和」で表せます.
ここで,上の存在命題の「否定」を考えます.「ト・モルガンの法則」を使うと,次式が得られます.
上式より,存在命題「ある “$x$” に対して “$p(x)$” が成り立つ」の否定は「任意の “$x$” に対して “$p(x)$” は偽である」となります.これは,まさに「全称命題」の形式です.数式で書くと次のようになります.
結局,存在命題 “$\exists x \ \ p(x)$” の「否定」を作るときの操作は次のようにまとめられます.
- 「ある」“$\exists x$” を「任意の」“$\forall x$” に置き換える.
- 命題 “$p(x)$” を否定 “$\neg \ p(x)$” に置き換える.
簡単な例として,次の存在命題を考えます.
この存在命題を否定するには「ある」を「任意の」(すべての)に置き換えます.また,もとの命題「欠席している」を否定して「出席している」に置き換えます.よって,次の命題が得られます.
全称命題と存在命題の組み合わせ
ここでは,2つの変数 “$x$” と “$y$” に関する命題 “$p(x,y)$” を扱います.
まず,次の命題を考えます.
これは,カッコをつけて “$\forall x \ \left( \ \exists y \ p(x,y) \ \right)$” とした方が読みやすいかもしれません.左から順にそのまま読むと,「任意の “$x$” に対して,ある “$y$” が存在して,“$p(x, y)$” が成り立つ」となります.つまり「どのような “$x$” の値に対しても,“$p(x,y)$” が真になるような “$y$” の値を見つけることができる」という命題だと解釈できます.
続いて,上の命題の “$x$” と “$y$” に付いている “$\forall$” と “$\exists$” を入れ替えたものを考えます.
この命題にカッコをつけると “$\exists x \ \left(\ \forall y \ p(x,y) \ \right)$” となります.やはり左から順にそのまま読むと「ある “$x$” が存在して,任意の “$y$” について,“$p(x,y)$” が成り立つ」と読み取れます.つまり「すべての “$y$” について,“$p(x,y)$” が成り立つような “$x$” の値を見つけることができる」という意味になります.
いま考えた “$\forall x \ \exists y \ \ p(x,y)$” と “$\exists x \ \forall y \ \ p(x,y)$” はまったく違う意味の命題になります.当然ですが,基本的にこれらの真偽は異なります.
例として,次の命題を考えます.
これは「任意の “$x$” に対して,ある “$y$” が存在して,“$x+y=1$” が成り立つ」と読めます.変数 “$x$” の値をどのように設定しても,それに対応して “$x+y=1$” が成り立つように “$y$” の値を定めることは可能です.よって,この命題は「真」です.
続いて,上記の命題の “$\forall$” と “$\exists$” を入れ替えたものを考えます.
これは「ある “$x$” が存在して,任意の “$y$” に対して,“$x+y=1$” が成り立つ」と読めます.仮に “$x=2$” と定めると,“$x+y=1$” を満たすのは “$y=-1$” だけです.“$x$” の値をどのように設定しても,“$x+y=1$” が成り立たない “$y$” はいくらでも考えられます.つまり「任意の “$y$” に対して成り立つ」とは言えません.よって,この命題は「偽」となります.
必要条件と十分条件
“$p(x) \implies q(x)$” という形式の命題
共通の自由変数 “$x$” を含む命題 “$p(x)$” と “$q(x)$” について,次のような「含意」の式を考えます.
本来であれば,この命題の真偽は自由変数 “$x$” の値によって変化します.しかし,一般に “$p(x) \implies q(x)$” と書いた場合は「任意の “$x$” について,“$p \implies q$” である」と解釈するのが慣例です.つまり,実際は次の命題を考えることになります.
もし「任意の “$x$” に対して “$p(x)$” が成り立つ」なら,上式の真偽は「任意の “$x$” に対して “$q(x)$” が成り立つ」の真偽と一致します.また,「任意の “$x$” に対して “$p(x)$” は成り立たない」(つまり何らかの “$x$” に対して “$p(x)$” は偽である)なら,「含意」の定義より,“$q(x)$” の真偽によらず上式は「真」になります.よって,この命題を扱うときは「“$p(x)$” が真になる範囲のすべての “$x$”」だけを考えれば良いことになります(“$p(x)$” が偽になるケースは気にしなくてもいい).このことから,上記の命題を「“$p(x)$” を満たす任意の “$x$” について,“$q(x)$” が成り立つ」と読むこともあります.
命題 “$p(x) \implies q(x)$” を普通に読むと,「“$p(x)$” が成り立つならば,“$q(x)$” も成り立つ」となります.この文を見たとき,私たちは自然に「“$p(x)$” が成り立つすべての “$x$”」の範囲で命題 “$q(x)$” の真偽を考えようとします.そのため,本来ならば “$\forall x \ \ p(x) \implies q(x)$” と書くべきところを “$p(x) \implies q(x)$” と省略して書いても特に大きな問題は発生しません.むしろ,このような記述が自然になるように(天下り的に)「含意」を定義したとも考えられます.
「必要条件」と「十分条件」の定義
次の命題が「真」である状況を考えます.例によって,先頭の “$\forall x$” は省略されていると考えます.
このとき,命題 “$p(x)$” を “$q(x)$” に対する「十分条件」(sufficient condition)といいます.また,命題 “$q(x)$” は “$p(x)$” に対する「必要条件」(necessary condition)といいます.
前に「含意」のところで考えたとおり,“$p(x) \implies q(x)$” が成り立つときのイメージは次のようになります.

“$p(x) \implies q(x)$” が真のとき,「“$p(x)$” が真になるすべての “$x$”」に対して “$q(x)$” は真になります.つまり,命題 “$q(x)$” を真にするための変数 “$x$” の条件として,命題 “$p(x)$” は「より厳しい条件」あるいは「強すぎる条件」を規定しています.よって,“$p(x)$” は “$q(x)$” を真にするための「十分条件」ということになります.
また,上の図より命題 “$p(x)$” を満たす変数 “$x$” は,少なくとも命題 “$q(x)$” を満たす必要があります.よって,命題 “$q(x)$” は命題 “$p(x)$” を真にするための「必要条件」ということになります.
なお,“$p(x) \implies q(x)$” の 対偶 をとると “$\neg \ q(x) \implies \neg \ p(x)$” となります.これは「“$q(x)$” が真でないならば,“$p(x)$” は真ではない」と読めます.つまり命題 “$q(x)$” が偽の時点で,その変数 “$x$” は命題 “$p(x)$” を満たす可能性がなくなります.このことからも,“$q(x)$” は “$p(x)$” の「必要条件」だと理解できます.
「必要条件」や「十分条件」の考え方は様々な場面でとても役立ちますが,直感的にわかりやすいとは言い難い面があります.いつでも使いこなせるように,訓練しておくことをおすすめします.
必要条件と十分条件の例
簡単な例として,次の命題を考えます.
この命題は明らかに「真」です.図でイメージすると,次のようになります.

命題 “$p(x):\ x > 10$” を満たす任意の “$x$” は,命題 “$q(x):\ x>1$” を満たします.すなわち “$p(x) \implies q(x)$” は「真」です.よって “$p(x):\ x>10$” は “$q(x): \ x>1$” の「十分条件」です.
一方で,命題 “$q(x):\ x>1$” を満たす “$x$” は,命題 “$p(x):\ x>10$” を満たすとは限りません(たとえば “$x=5$” など).とはいえ,“$p(x): \ x>10$” を満たすためには常に “$q(x):\ x>1$” を満たす必要があります.よって,“$q(x):\ x>1$” は “$p(x):\ x>10$” の「必要条件」です.
必要十分条件
“$p(x) \implies q(x)$” と,その「逆」である “$q(x) \implies p(x)$” の両方が真だとします.このとき,次の真理値表からわかるように “$p(x)$” と “$q(x)$” の真偽は一致します.すなわち,“$p(x)$” と “$q(x)$” は「同値」です.

“$p(x) \implies q(x)$” と “$q(x) \implies p(x)$” の両方が真ということは,“$p(x)$” は “$q(x)$” の「必要条件」であり,また「十分条件」でもあります.このとき,“$p(x)$” は “$q(x)$” の「必要十分条件」であるといいます.もちろん,“$q(x)$” も “$p(x)$” の必要十分条件です.
命題 “$p(x)$” と “$q(x)$” が互いに「必要十分条件」であることと,互いに「同値」であることはまったく等価です.よって,互いに「必要十分条件」であることを表すには「同値」の記号 “$\iff$” を使います.